巡り合わせ

滝本ヨウさんという木削りの人がいる。今日は六甲のごパンさんで久しぶりにヨウさんが削ったと思われる木の玉を握りしめた。木の玉を握りしめると、その木の背景が伝わってくる。この木がずっと聴いてきた風のささやきや木漏れ日や水が葉を滑る音まで感じことができる。惜しみなく、握った手に寄り添ってくれる。ヨウさんと出会ったのは数年前。同じ階にスタジオがあった絵巻物師の東野健一さんのところを訪ねた時だった。ころころと気持ち良さそうな木の玉が並んでいて「これ、」って言うと「触ってみぃ」と言われた。「、、気持ちいい」って言うと「ヨウさんっ言う人がいてな、」となった。ちょうどその次の週にヨウさんが地元熊野(和歌山)の那智勝浦で木削り教室をしながら展示もするということだったので、私は一人紀伊半島を南へと向かった。那智は私の好きなところ。那智の滝は私にとって大切な場所で、青岸渡寺黒潮にのってやってきたインドの僧侶が開いたという説があるそうだから、縁も感じる。会場に着くと地元のおばさま達が木を削っていて、神戸から来たと言う私を見るなり「あんた熊野の血が入っているやろ」と投げられた。「いいえ」と言うと「いや、そんなことない」って。ふと思い出し「熊野ではないですが、祖母は紀伊長島出身です」と言うと「ほらな。それは熊野や。ムロってつくのは熊野やで。私らには、あんたが熊野の血が入ってるってすぐわかるんや」とおばさまたちはケラケラと笑った。紀伊長島三重県北ムロ郡だ。不思議なようで信じれるようで。熊野は変なところだ。その日はヨウさんに出会い、熊野のBさんという方の作った家にお世話になり星野道夫さんの話をした。Bさんは私にある写真家に会ってほしいと連絡先が書かれたメモを差し出した。その夜、家がある谷はとても静かだった。「この谷は大蛇のような風が通り過ぎる」Bさんはそう言った気がする。あれは夢の中のことだったのかな。それから私は時を経てその写真家に会うことがあった。
私が大切にしていたヨウさんが削った木の玉は、ある時パリに住む友人に渡した。忙しく世界中を駆ける彼女のお守りに自分が持っている一番大切なものを渡そうと思ったから。それはあの日、東野さんのスタジオで出会った玉。「木の玉。。」握りしめつぶやいている私に東野さんは一つ選んでいいと言った。「大切なものやん」って言うと「だから選びってゆうてるねん」と。大切なものを大事に人に渡すことの豊かさ。そうしたらまたそれにかわる大切なものが自分の元にやってくるという豊かさ。「そういうことや」って東野さんは笑ってた。私もそうしてみた。
滝本ヨウさん:http://www.h6.dion.ne.jp/~kikezuri/