彼岸

彼岸とは煩悩を脱した悟りの境地だと書いていた。
うつそみの 人なる我や 明日よりは 二上山を 弟背(いろせ)とわが見む
大伯皇女(おおくのみこ)が弟である大津皇子の屍を葛城の二上山に移し葬るときに作った歌。大伯皇女は大和に帰るまで伊勢の斎宮につかえる身で、二見が浦のそばで暮らしていたそうだ。二つの岩の間に昇る「日」につかえた姉は、その後二つの岳の間に落ちる「日」に我が弟を偲び続けた。
奈良盆地から見る落日はインドでみたベンガルの落日のように大きい。あれは三輪山に椿の花が咲く頃だったから、春の彼岸の辺りだと思うが、三輪で椿守をする夫妻から「彼岸には、ふたかみさんの雌岳と雄岳の間に太陽が沈む」ときいたことがある。地元の人は「にじょうざん」を「ふたかみさん」と呼ぶ。「ふたかみさん」のほうが親しみがあって、ほっとする。日本最古の神社と言われる大神(おおみわ)神社の清め木である椿のスケッチに1週間に2度、海柘榴市(つばいち)の椿山に訪れた時だ。その頃の私は民俗学を専門とする図書館に通っていた。私たちのルーツや古来の人々の祈りと知恵をもっと知りたいという思いが、三輪への道となった。いつか彼岸に三輪へ訪れ、卑弥呼が眠るとも言われる箸墓古墳へと続く山辺の道の桧原神社から二上山に落ちる日を眺めたいものだと思う。今日は先祖や父が眠るお墓に行った。重層を使って石を磨いてみた。お彼岸は死者からの声が聞こえるようだ。
今晩の甘いものは母が作ってくれたおはぎ。秋は「おはぎ(萩)」春は「ぼたもち(牡丹餅)」だと母が教えてくれた。

West Bengal,INDIA