いまできること

フィリピンバギオでの展示は今日が最終日でした。
フィリピンでは温かい人たちに出会いました。
私の心は幸せでした。
若い人と未来について話をした夜もありました。

フィリピンでショックだったのは戦争の傷痕です。
ジャングルの山並の中に明らかに異様な、木が繁らない山があるのです。
そこは日本軍が村人を襲った跡。汚れの地とされ植林はされないまま今に至る。
フィリピンで何があったのでしょうか。
戦争で多くの日本人が死んでいきました。多くの罪なきフィリピン人が襲われ死んでいきました。

2008年展覧会で滞在したオーストラリアでのこと。
ある大学教授夫婦の家にディナーを招待され、ワイングラスを傾けながら、日本にオーストラリアワインが多く輸出されている話から、二国の交流の話に。「第二次世界大戦時、オーストラリアを日本が攻撃したでしょ」と。知らない私に、歴史の勉強はしたの?何を習うの?ときかれ恥ずかしかった。私は何も知らなかった。そしてオーストラリア本土を攻撃した唯一の国が日本だと知りました。